「桃太郎電鉄の貧乏神を発生させる条件は、誰かが目的地に到着してボーナスをもらうことです。誰も貧乏神のダメージには耐えられないのだから、貧乏神を発生させないことが肝要であり、目的地に向かわないというプレイスタイルこそがこのゲームの攻略法なのです。目的地ボーナスを得ようとすることで人は移動に駆り立てられ、高額なカードを購入する者までいます! 人は青マスと決算で充分に豊かになっていくことができるのです。
そもそも「目的地」とは誰にとっての「目的地」なのでしょうか。目的地でもらうことのできるちっぽけなボーナスは、青マス何回分ですか? カードを買っただけの価値がありますか?」
‥‥上記は恐らく正しい。
一定期間プレイして貧乏神を発生させた場合と発生させない場合の全員の資産の合計を比較したら、間違いなく貧乏神が発生してない世界の方が資産が多いだろう。
その意味で正しいが、桃鉄を一度でもプレイしたことがある人は、上記戦略がうまくいかないことが体感としてわかっている。
これはなぜだろう。
①短期的な欲求を抑えられないプレイヤーが必ず目的地に向かうから?
②ゲーム序盤のゆったりとした成長が退屈だから?
③他人に言われた戦略のために自由を奪われるのが嫌だから?
④目的地に着くと自分だけボーナスもらえるのが、なんか嬉しいから?
⑤カードを使っていっぱい移動するとなんか嬉しいから?
⑥目的地までの距離の数字が減るとなんか嬉しいから?
⑦これまで目的地に向かうゲームを遊んでいたのに、急に攻略だとか言われて遊び方を変えるのに抵抗を感じるから?
⑧全員が協力する必要がある戦略なので、いつか裏切りが起こると思っているから?(では誰かが裏切るまで、などの条件付き合意はできる?)
⑨ゲームデザインが巧みで、目的地に向かうことをポジティブにデコレートされているから?
⑩貧乏神が発生しない遊び方は見通しの効く退屈なプレイングになるから?(それはつまり、自分を含む一緒に遊ぶ誰かがが貧乏神に泣かされるのを見たい、という欲求がある?)
‥‥
「正しい考え方を広めることでみんなが行動を変え、世界のハッピーの総量が増える」という思想がある。
基本的には合意だ。
でも広めるだけじゃ絶対足りないという確信もある。
何が足りないかはまだわからない。
わかった人がいれば教えてください。
人の意見が聞きたい。