VRゲームの予測について-2(201606)

前回はVRゲームの簡単な説明までを書いた。

 http://wagahaiblog.hatenablog.com/entry/20160619/1466304645

 解消する問題や解消しない問題、VRの強みなどを書いた上で、「VRではシチュエーション体験型のゲームが出るだろう」という誰でも思いつく意見が出たところまでが前回。

 

 本来、すぐに続きを書けると思っていたのだが、どうにも筆が進まぬ。

うーん‥‥。

ちょっとやりたいけど、ちょっとだけだなーという、なんとも申し訳ない感想なのだ。

そう。 わたし、盛り上がってません!

頑張って作ってる人や盛り上がってる人ごめん!

でも期待はしてる。

わたしの予想を覆して欲しくも思う。

でも、その期待って「さえないアタシでも代官山とか原宿行ったらなんかオシャレで素敵なことが起こるかも」みたいな自分の外側にある漠然とした期待に近い。

現状わたしの中ではカメラコントロール楽チンツールでしかないよ。

悪口になってたらほんとごめん。

 

VR推しの人の

「現実にはできないことができる。それがゲームの魅力の本質でしょ。その世界に没入することがゲームの魅力なの。ルールを直観的にしたり、操作を直観的にしていったのも、その世界への没入感を高めるためでしょ。VRは没入感(なりきり度)のレベルが上がるのでこれがゲームの本道ですよ」という意見。

これには、期待が大きいのはわかるけど、うーん。ちょっと宣伝の言葉を本気で受け取りすぎなのではないか、という印象なのです。悪口言う気はないけど、どうしてもそう思っちゃう。

要は意見が違うのです。意見が違うなら、どう違うかははっきり言わないとかえって卑怯なので、言います。

 

 だって、ゼルダでついつい草刈りして遊んだり、マリオでジャンプの際に意味なくしゃがみジャンプしたりすることなんかは、あれはなりきりと無関係な、ゲーム独自の体験じゃないですか。ゲーム独自のルールに没入してるんです。

ストⅡでKO後にビクビク動いたり、意味なく技振るのもそれが気持ちいいからです。

わたしにとってのゲームの本質とは「アクションに対するリアクション」なのだ。これは紙のゲームでも成立するし、確かにそれでわたしにとってはゲームしてる感として満足なので、そこがわたしにとって1番大切なんだと思う。

コンピュータゲームが紙のゲームに比べて画期的なのって、人間の操作に対して、リアクションの部分を超テンポよく、かつ超根気よく、かつ超気持ちよく返してくれる部分が画期的だったんじゃないの?  現実的な体感に近づけることで価値が増すものってあるとは思います。それはVRの得意なところだと思う。ホラーゲームとか、スリルのあるシーンとかね。

でも、体感とは無関係な、ゲームルールにどっぷり浸かった脳でこそ認識するようなそういう気持ち良さがあるのです。で、それってマニアだけが行ける境地なんかではなくて、ちょっと遊んだ程度でも感じられる程度のことなので、ごくごく一般的な能力だと思うの。

 

VRは体感に近づくことで色んな省略を受け入れづらくなり、その省略の少なさがめんどくささを呼ぶのではないか、というのがわたしの偽らざる本音です。

今のゲームを置き換える存在とは全然思えない。同じゲーム機を使うし、ゲーム会社が開発に携わるかもしれないけど、全く別モノとして存在していきそう。

 

VRはアトラクションとしてすごい価値がありそうだと感じてる。

こことか、超行ってみたい。

https://project-ican.com

 

あと、VRが仮想ゲーセンとして機能したらヤバい。miiverseがそうなるのか?とか一瞬思いましたが、大変残念ながらならなかったので。miiverseの目指したものと達成できなかったものについてはまた記事を改めて書きたい。

 

あとヘッドマウントディスプレイは、映画館にとって超厳しいライバル出現だと思う。

どーすんのこれ? って状態だよ。 思いつく対策は、映画鑑賞のあとラウンジでご歓談できるような作りにすればあるいは? とか思うけど、めちゃくちゃキツイライバルだと思う。

 

今回はわたしの普段の話し言葉に近い文体にしてみた。

色々試す。

こんな時もあるさということで。